トンボの日々

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2012年 11月 02日

たぶん最後

10月最後の週。
休日晴天のチャンスに恵まれたので、再び埼玉のキトンボのポイントへ。
前回の教訓を活かし、今回は少し早めにポイント入り。

10時に到着。
一見するとキトンボらしい姿が見えない。
しかしほどなく、足元を忙しなく通過するオレンジ色の影。
やっと姿が見られた、、。

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よく見ると、雄はぽつぽつ飛んでいる。今日の条件は良いようだ。
あとは産卵タイムがやってくるのを待つ。

11時15分。
待望の連結態が岸辺に飛来。さっそく駆け寄りチャンスを伺っていると、
さらにもう二組飛来!
どのカップルもふらふらと飛ぶので、狙いが定まらない。
11時18分。
あたふたとしているうちに、ぱったり連結が来なくなってしまった。
産卵タイムは僅か3分!!

左/キトンボ雄:体長40mm
右/キトンボ雌:体長38mm
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今年はあちこちのブログでキトンボが少ない、という記事を見かけるが、
この好条件でこの状況は、さすがに数が少なすぎる。
一過性の事態だと信じたいが、、。

帰りにカトリでも、、と前回姿を見た水たまりで待ってみたが、
カトリヤンマは姿を見せなかった。今年は終わってしまったようだ。

とりあえずキトンボは確保できたので、今年のスケジュールは終了。
天気が良い休日があれば、青梅にミルンヤンマの終わりでも見届けに行こうと思う。
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by brunneus | 2012-11-02 12:06 | 埼玉 | Comments(51)
Commented by 勝虫 at 2012-11-14 20:49 x
初めてコメントいたします。
長年トンボの観察をしています勝虫といいます。
埼玉のキトンボは今年私も見に行きましたが例年に比べ非常に少ないという印象を受けました。有名な産地であるため多くの方を見受けましたが、どの方も同じ感想を持たれていたようです。そうした中で非常に気がかりだったのが採集者の方でした。何故、このような状況にもかかわらず採集しようとするのか理解できませんでしたが、この日見受けた方には例年の状況を知らないという可能性も否定できないため、その場合は仕方がないのかもしれないという気もしました。ただ、あなたの場合は記事で書かれているように「さすがに数が少なすぎる」と気づかれておきながら採集されているのですね。また、過去の記事にはこの産地のキトンボを標本箱に入れ販売しているといった内容の記事も見受けました。関東でも非常に生息地が少ない貴重なトンボを採集するだけでもどうかと思いますが、それを売り物にするとは到底理解に苦しみます。人それぞれ考え方や意見は異なると思いますが、個人的に伝えずにはいられなかったので連絡させていただきました。
失礼いたします。

Commented by brunneus at 2012-11-14 23:14
勝虫さん
初めまして!ブログも度々拝見させていただいています。

「カワイソウだからイルカやクジラを捕るな」
この話をする時にいつも思い出すフレーズです。

科学的な話をする前に、そもそも「採る人間」と「撮る人間」の相容れない乖離という状況があると思います。
このブログでも度々書いている問題でもありますが、僕は「撮る」「採る」の違いは、トンコツラーメンが好きか、魚介ラーメンが好きか、という程度の違しか無いと思っています。
具体的に書きます。
房総半島のシロバネカワトンボを除いて、乱獲によってある種のトンボ(地域個体群)が絶滅した、という話は僕は知りません。
なぜなら、網を振り回すだけでは、空を飛んで移動し、また卵と幼虫期間を水中で過ごすトンボという昆虫を絶滅させることは、殆ど不可能だからです。

(続く)









Commented by brunneus at 2012-11-14 23:16
(続き)
例えば埼玉のキトンボ成虫を採集者が採ったとしても、既に水の中には大量の卵が産み落とされています。そして僕は有名ポイント以外の、そう遠くない池でもキトンボの繁殖を確認しています。埼玉のキトンボを採集のみで絶滅、もしくは激減させようとするなら、採集者が毎日竿を担いでポイントに張り込み、水面にやって来たキトンボを片っ端から採らなければいけません。もちろん、そんなことはできませんよね。
仮にあるポイントの個体を完全に排除できたとしても、近くのポイントからまた新たな個体がすぐに飛来するでしょう。

埼玉のキトンボが少なかったのは今年だけではありません。
過去にもベストコンディションにも関わらず、非常に数が少なかった年もありましたが、その後個体数は回復しています。現在と同じように採集者も入っていたはずです。

では減少の理由は何かと言われれば、それは何かは分かりません。水質やその生態系を経年調査したわけでもないので、自然の大きなサイクルの一部、としか言えません。
しかし、そのポイントと近隣の供給地の環境が破壊されないかぎり、必ず個体数は回復します。

(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-14 23:18
(続き)

ここまでできるだけ丁寧に説明しましたが、科学的に採集と個体数の減少が関連付けられないかぎり、結局は撮ることも、採ることも、売る事も趣味の問題でしか無いと思います。
冒頭に書いた「カワイソウだからイルカやクジラを捕るな」もしくは「トンコツか魚介か」というフレーズ、という、結局は宗教とか、価値観、趣味の違いでしかないのではないでしょうか。

そして、どうか「書き逃げ」はしないで頂きたいです。
もっと議論を深めたいので。
Commented by brunneus at 2012-11-15 01:58
さらに付け加えます。
「貴重な種(この場合、貴重という定義も曖昧ですが)」を採集する(そして販売する)ことの是非ですが、では例えばシオカラトンボを採集して、標本箱に入れて販売したとしたら、どう思われるでしょうか。この場合「貴重」という言葉は使えないので、「酷いことをする」とか「カワイソウ」という言葉でまた批判されるのでしょうか。
先にも書きました通り、埼玉のキトンボは、関東では確かに産地は少ないトンボですが(これも身勝手な人間生活で環境破壊した結果ですが)、ポイントでの個体数は本来非常に安定している状況です。増減はあれ、採集圧に左右されないほどの個体数が発生しているからこそ、産地として長年存在しているのです。採ることで簡単に数を減らすということならば、とうの昔に消滅しているはずです。

(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-15 01:59
(続き)

販売に関しては、はなから営利目的ではなく、(そもそも儲けを出すのは不可能)元々は、トンボ(その他の昆虫も)に興味を持たない人々に、既成のものとは違う切り口でトンボという昆虫を知ってもらおう、として始めたものです。詭弁の美談に聞こえるかもしれませんが、これは事実です。とかく世間では「標本を売る」イコール「マニアによる悪質な乱獲」というイメージが付いてしまっているせいもあるかと思います。
勝虫さんのコメントを読み直して、返答が不足している部分があったので、追記として書きとめておきます。
Commented by 勝虫 at 2012-11-16 00:27 x
ご丁寧に回答いただきありがとうございます。
「カワイソウだからイルカやクジラを捕るな」
何故いきなりこのフレーズが出てきたのかよく分かりませんが、私はそもそもマダラヤンマであろうがキトンボであろうが、いわゆる国や県の絶滅危惧種に指定されている貴重種であろうと個体数が多いのであれば採集することに対して特に強くは反対しません。現に過去の記事に対しては何もコメントしていませんし、今回はじめてコメントした内容にも「例年の状況を知らないのであれば仕方がない」と書いています。ただ、その個体数が一過性の事態だと信じたいほど数が少なすぎる状況に一時的になっているのであれば話は違います。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-11-16 00:34 x
私は、brunneusさんがおっしゃっている「そう遠くない池」の存在は知りませんが、いずれにしろ、キトンボはbrunneusさんと同感で関東では産地の少ないトンボであると思っています。人間生活で環境破壊した結果、他の生息域から隔離された個体群です。そしてこの隔離された個体群が今年のように一過性の事態だと信じたいほど個体数が少ない状況であれば、それは一時的にでも、瀬戸内海のミヤジマトンボといったトンボの置かれた状況とそんなに違いはないと思います。そしてそのような状況下であれば採集圧は存在すると思います。そもそも採集圧で絶滅した個体群の前例が無いのであればまだ分かりますが、シロバネカワトンボという前例があるのですよね(私は知らなかったですが)。前例があるのであれば、今回のような状況下で採集するのは安易な行動ではないのでしょうか。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-11-16 00:36 x

確かに、科学的に採集と個体数の現象が関連付けられていないのでその採集圧がどの程度かは分かりません。ただ、確実に言えるのは採集した分だけ本来産み落とされる筈だった卵は無くなったということです。そして例え、今まで増減を繰り返し長年存在してきたとは言え、シロバネカワトンボのような前例があるのであれば必ず個体数は回復するとは断言出来ないのではないでしょうか。冒頭に述べたように個体数が多いのであれば、例え貴重種でも採集することに私は強く反対しません。人それぞれ関心が違いますし。ただ、採集圧で絶滅した個体群の前例がある限り、今シーズンのような時だけは採集は控えたほうがよいのではないかと思います。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-11-16 00:38 x
そもそも今シーズンの状況が一時的にでもミヤジマトンボといった状況と全く違うとおっしゃられるのであれば、その時点で議論は終了だと思いますが、取り急ぎ、私の意見とさせていただきました。
Commented by brunneus at 2012-11-16 01:46
勝虫さん
返答ありがとうございます。「書き逃げ」する批判コメントが多いなかで、こういう展開は嬉しいです。
まずシロバネカワトンボですが、状況がキトンボとは全く異なります。ご存知とは思いますが、「シロバネカワトンボ」というのは通称名で、正確には「アサヒナカワトンボ」という種の、「シロバネ型」という個体変異を有する個体群です。ここで「絶滅した」というのはアサヒナカワトンボではなく、アサヒナカワトンボのシロバネ型が絶えた、ということです。種としてのアサヒナカワトンボはまだまだ健在です。最も、これは僕が現地で確認したわけではなく、文献で読んだ知識でしかありませんが。文献によると、絶滅したプロセスは、アサヒナカワトンボの中でシロバネ型のみを採集することにより、その個体群の遺伝子的多様性が失われたことが原因のようです。そしてここが肝要なのですが、理由はわかりませんが、シロバネ型が出現するのは一つのエリアだけで、他に供給する産地が無かった、ということです。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-16 02:01
(続き)
ですので、この場合、その地域の個体が失われてしまうと、他から供給される個体が無いので、結果的に絶えてしまうのです。
また、ミヤジマトンボもこれと同じ状況です。(ミヤジマトンボはさらに危機的状況と聞ききますが、、)確かに、ミヤジマトンボは、採集網のひと振りひと振りが、個体数の減少を招きます。小笠原のトンボ(ハナダカトンボ、オガサワラトンボ、シマアカネ)についても同じことが言えるでしょう。
しかし前のコメントにも書きました通り、埼玉のキトンボの場合は、僕は10年近く通っていますが、過去に一番個体数が少なかった年に比べれば、今年は多いくらいに感じています。勝虫さんのおっしゃる通り、確かに採集すれば、その数だけ物理的には産み落とされる卵は減ってしまいます。しかし、一網打尽にするような採り方をしない限り、つまり網を振り回して追いかける程度の採集は、埼玉のキトンボにとって殆ど影響は無いのです。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-16 02:35
(続き)
埼玉のキトンボの脅威があるとすれば、それは網による採集ではなく、供給地の破壊です。「採集による物理的な減少」という議論は、意味を成しません。

さすがに僕も、ミヤジマトンボやオガサワラトンボが目の前にいても、網は振りません。それがすなわち絶滅に直結しますので。
つまり、僕が言いたいのは、日本のトンボは、上記のようなごく一部の種を除けば、埼玉のキトンボを含め、殆どの種は採集に対して相当タフである、ということなのです。関東のエゾトンボ、ハネビロエゾトンボ、ネアカヨシヤンマも、毎年採集者が多数入って相当の数を採集していますが、個体数の増減はあるにせよ、一向に絶滅する気配を見せません。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-16 02:35
(続き)
そしさらに僕は、話をややこしくするのは「撮る人」の深層心理にあるセンチメンタリズムであると感じるのです。これが冒頭に書いた「クジラ、イルカ」の問題です。
動物保護の問題は、さまざまな事例を踏まえながら、センチメンタリズムを排除し、きちんと科学的根拠を元に解決していかなければいけないと思っています。その結果、やはり採集はしない方がいい、という結果が出るのなら、僕は採集するつもりはありません。しかし、自分が感じた体感のみで一方的に決めつけていたのでは単なる水掛け論になってしまいます。そして知見が浅ければ浅いほど、水掛けの度合いは大きくなり、議論は深まりません。
勝虫さんだけでなく、そういった風潮は最近特に強く感じているので、こういうコメントは削除せず、できるだけ丁寧に答えていこうと思っています。
Commented by 勝虫 at 2012-11-18 00:28 x
「状況が全く違う」と言われた時点で議論は終了かと思ったのですが、その根拠がよく理解出来なかったので今回は質問をさせていただきます。
Brunneusさんが全く違うとされた根拠は結局、供給地の有無と解釈しますが、では埼玉のキトンボの供給地についてはどのように認識されているのでしょうか?例えば、有名ポイントに対しては「そう遠くない池」ということでしょうか?(もちろん、探せば他にもあるという事はあるかもしれませんが、それを言えば極論ミヤジマトンボも当てはまると思いますので、ここではbrunneusさんの既知の産地でお願いしたく思います)
Commented by brunneus at 2012-11-18 04:25
勝虫さん
長々とコメントにお付き合い頂いてありがとうございます!
久々の刺激的なやり取りでブログ内が活気付き、嬉しく思います。
さて、勝虫さんのご質問にお答えする前に、ひとつの前提をはっきりさせましょう。
僕は、トンボの研究を本職としていません。勝虫さんも恐らくそうであろうと推測します。(もし研究者の方でしたら申し訳ありません!)つまり、1年の殆どをトンボの研究に捧げ、産地に経年的に通って多角的に調査する、という経験なしに語られる様々な論理は、程度の差はあれ、結局は不確かな情報をもとにした机上の空論に過ぎません。僕も、たかが十数年のシーズン中での知見の蓄積を元に発言しているに過ぎないのです。ですので、ここであまり科学期に突っ込んだ具体的な話をすると、いずれはお互いに行き詰まってしまうのは明白です。ですので、ここで交わされる議論は、事実ではなくて、信念とも言うべきものです。そしてそれは「正しいか、正しくないか」という終着点に持っていくことは不可能です。僕はその論理が正しいかどうかではなく、お互いの信念をぶつけることで、そこから新しい世界が見えてくるのではないか、と期待しているのです。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-18 04:48
(続き)
そこでご質問の件ですが、キトンボに対しては、「そう遠くない池」ということになります。キトンボだけをあちこち探し求めているわけではないので、僕が現在知っている産地はその一箇所です。ただ、この産地に関しても、毎年通っているわけではありませんし、底をさらってヤゴの調査をしたわけでもありません。ただ、過去に何年か、シーズン中に訪れる度に複数の個体を見かけ、交尾、産卵を観察している、という程度の知見です。そういう状況を見て、複数年の繁殖行動の確認は、僕の中で偶然の飛来とは思えないので、定着していると仮定して「産地」という言葉を使っています。距離的には、有名産地から十分にトンボが移動できる位置にあります。多数の採集者が毎年入り、多くの個体が採集されても長年個体数が安定しているのは、そのポイントの力だけでなく、数が減った時は、他のポイントからの供給で数が調整されているとしか考えられないのです。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-18 05:02
(続き)
ブログの最新記事にも書きましたが、トンボに関して言えば、僕は採集程度のインパクトで減少してしまうような種は、採集してもしなくても、保護したとしても、そう遠くない将来に絶えてしまうと思っています。しかし僕にはキトンボは、そんなヤワなトンボにはとても思えません。(勝虫さんがおっしゃる意味のない仮定になってしまいますが、僕が知っている以外にも産地はあるかもしれません)
ここまで書いて思うのですが、僕と勝虫さんの議論の奥底にあるのは、結局はトンボに対する「思いやりの心」「慈しみの心」があるか無いか、から始まっているのではないでしょうか?
僕は記事にもあるように、トンボや昆虫の姿形の美しさに魅了されて採集しているわけですが、例えば日本人が犬や猫に向けるような感情はトンボに対して抱いていません。どちらかと言うと、猟師がノウサギを見て抱く感情に近いと言えます。もちろんトンボは食べませんが、、。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-18 05:10
(続き)
そこで逆に質問させていただきますが、勝虫さんはトンボ(もしくは昆虫)に対してどのような感情を持たれているのでしょうか?僕はそこの所に非常に興味があります。
Commented by 勝虫 at 2012-11-18 16:28 x
ご返信ありがとうございます。
クリーニングしているトンボを見たときの感情は、brunneusさんが表現された「日本人が犬や猫に向けるような感情」とほぼ同じだと思います。単純に「わ~、かわいい!」っていう気持ちです。ただ、撮影で目的とするシーンを待ち構えている時は完全に「漁師がノウサギを見て抱く感情」だと思います。他にもあると思いますが、結局好きだから色々な感情が湧くのだろうなと思いました。
以上が率直な気持ちです。で、今回の議論ではそもそも感情の程度に違いがあると。ちなみにbrunneusさんは「漁師がノウサギを見て抱く感情」が特化しているという解釈でいいですか?
Commented by brunneus at 2012-11-18 21:16
ご回答ありがとうございます。なるほど、可愛らしい仕草をするときは、確かにそういう感情が湧くのは理解できます。
僕の感情に関しては、少なくとも昆虫(や節足動物)に関しては、犬や猫に抱くような感情は殆ど湧きません。猟師がノウサギを「わ~、かわいい!」と思わないのと同じだと思います。もちろん、犬や猫に対しては、「かわいい!」という感情は持っています。
何故こういう感情の違いが起きるのか?
自分のことで申し訳ないのですが、もう少し深く分析してみると、僕は昔から「図鑑」というものが大好きでした。「図鑑」といっても様々ですが、ここで言う「図鑑」の特徴は、「様々な種類の物を、同じページ内に向きを揃えて並べる」というものです。並べられた物を眺めてみると、同じ条件で並んでいるからこそ、その種類の特徴や個性が際立って見えてきます。そしてその特徴は、標本箱にそのまま当てはまります。僕が飽きることなく標本箱を眺める理由は、もちろん姿形が美しいからというのもありますが、同じ条件で並べられた様々な種類の形態の違いを観察することで、進化の物語が読み取れそうな気がするからです。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-18 22:20
(続き)
つまり僕は、昆虫の「形態や色彩」に惚れているのであって、動きにはさほど関心がないのかも知れません。もちろん、ジャングルの上空を群れ飛ぶカラスヤンマを見れば、感動はしますが、、。
犬や猫がかわいいと思うのは、姿形もあるかと思いますが、むしろその仕草が人々の心を掴むのではないでしょうか。ふとした仕草を擬人化し、それを自分と重ね合わせて楽しんでいるのだと思います。
トンボに関しても同じことが言えると思います。トンボという昆虫のどの要素に着目するかで、トンボに対する気の持ち様が変わってくるのではないでしょうか。勝虫さんがどうかは分からないのですが、僕が思うにトンボの写真を撮る人は、きっと「動き」「仕草」(もしくは生態も?)に関心があるのかなと思っています。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-18 22:31
(続き)
ですのでこれは、例えばトンボなら、トンボに関わるようになるその個人のきっかけが、大きな感情の分かれ道になっていると思うのです。例えば小さい頃から鳥を捕って食べている人々から見たら、ヒヨドリやメジロは食物にしか見えないでしょうが、バードウォッチャーはそうでは無いでしょう。(僕も鳥見にハマった時期がありましたが)
勝虫さんがトンボに興味を持つきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
Commented by 勝虫 at 2012-11-19 00:52 x
そもそも私がトンボを見るようになったのは親父の影響です。私が小学校に入ったあたりからよく休みの日にはトンボ採りに連れて行かれたのですが、短い網で巧みな飛翔テクニックを持つトンボ(この時は、全然種類を知らなかったのでギンヤンマばっかりが対象でしたが)を採集する時の駆け引き(縄張り範囲を読み、どこで待っていれば短い網でも採れるのか)が非常に楽しかったのを覚えています。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-11-19 00:53 x
そして、小学生の時の夏休みの自由研究は昆虫採集(トンボの標本)ばかりでした。低学年の時は身近に見られるギンヤンマやコシアキトンボなどでしたが学年が上がるにつれ、その標本にマルヤンヤンマやルリボシヤンマなどが加わり、そして高学年になる頃にはミナミヤンマやナゴヤサナエが追加されました(私はもともと徳島県出身なのでミナミヤンマが意外に県内でも探せば見つかること、あとナゴヤサナエは親父が偶然勤め先で拾った♀が四国初記録だったのですが、その後吉野川水系に広く生息していることが分かりました)。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-11-19 00:56 x
そして、中学・高校生の時はお年頃なので少しトンボから離れていた訳ですが、大学で研究室に入り、研究テーマがトンボ(環境保全工学なる研究室に入り生き物関係を扱えたためです)になったことから(この頃には自分で車も運転できますし、自由にあちらこちら行けるようになったこともあり)トンボ熱が再発しました。小学生の頃はカメラなんて持てなかったので採集ばかりでしたがこの頃にはバイトで稼いだ金でカメラを購入し、トンボの生体時の美しい色(特に複眼)、躍動感を表現できる撮影のほうに魅力を感じるようになりました。学生の間はあちこち回った結果、徳島県初記録となるコフキヒメイトトンボやアメイロトンボ、ベニトンボの確認。あとオオギンヤンマやハネビロトンボも探せば結構見られるものだと知り、新たな発見ばかりでとても楽しかったのを覚えています。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-11-19 00:59 x
となんか脱線しているので好きになったきっかけと興味の変遷をまとめると、
①そもそものきっかけは親父。その飛翔テクニックに惚れ込んだ。
②中学・高校生はお年頃なので中休み。
③大学でトンボ熱が再発、カメラで生体時の状況を撮しとめたいと思うようになる。
④それが現在進行中
あとは、トンボの♂に対して「男らしさ」を感じます。昆虫の中には体格で♀のほうが大きいという事が多いですし、中には♂なんて産卵時に栄養をつけるための餌なんてこともあります。でもトンボはオニヤンマやミナミヤンマの仲間を除けば大体は♂の方が体格がいいですし、産卵している♀なんておかまいなしに連れ出してしまいます。飛び方も蝶みたいにヒラヒラ飛ばずにダイナミックに飛ぶところもそう感じる理由の一つになっているかと思います(これは雌雄ともにあてはまることですが)。
Commented by brunneus at 2012-11-20 21:46
勝虫さん
すみません返信が遅れました。

詳細に経緯を記して下さり、ありがとうございます。その人個人の興味の歴史というのは大変面白いです。
それにしても、小学生でミナミヤンマやマルタンヤンマとは、改めて徳島の自然の凄さを実感してしまいます。採集から入って、そのうちその生態や躍動感に魅了されて、カメラを手に現在に至る、ということですね。勝虫さんのトンボに対する思いが少し分かった気がします。
僕の話を付け加えさせて頂くと、僕の出身は東京の都心でした。周囲は住宅ばかりで、当然トンボどころか木自体が少なく、自然体験という観点からみると、非常に貧しい幼少時代を過ごしました。どのくらい貧相な自然体験だったかと言うと、カブトムシはデパートに売っている商品というのが常識で、木にくっついているのを見たのは大学に入ってからでした。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-21 00:07
(続き)
そういう幼少時代の情報と言えば、インターネットなど無い時代、頼るのは本からの情報しかありませんでした。つまり図鑑です。ですので、幼少時からナマの動いたトンボに親しんできた勝虫さんとは、根本的に異なる経験をしてきたんだと思います。ちなみに僕がミナミヤンマやマルタンヤンマを知ったのは大学に入ってからで、やはりそれも図鑑でした。それまではオニヤンマは1種、ヤンマもギンヤンマ1種しかいないと思い込んでいたので、トンボ類の想像もできない多様性は本当に驚きでした。
「男らしさ」についてのご指摘ですが、確かにカブトムシやクワガタなどを除くと、雌の方が体格の良い種が多いですね。しかも中には雄がまだ見つかっていない種もいるくらいで、トンボに比べると雄の地位は相対的に低い気がします。積極的に雌をハントしに飛び回ったり、雌を巡って壮絶なバトルをするトンボの雄は、そう言われてみると同性として男らしさを感じます。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-21 01:42
(続き)
トンボに限りませんが、こういった幼少時代の環境や経験が、その後の価値観を大きく左右するのだな、とつくづく思い知らされます。
Commented by 蝶鳥蜻蛉 at 2012-11-22 16:05 x
お久しぶりですbrunneus 様。去年、黄色と黒のタイトルにメガネサナエ属完全制覇と自慢げにコメンントした者です。お二人のやりとりを最後まで読み、大変興味深く思い書き込みました。お二人のトンボに対する並々ならぬ情熱に敬服いたします。私は網とカメラの二刀流派です。その上○○昆虫同好会、日本自然保護協会、里地を保全する団体に所属し活動しております。自分の中でもなかなか答えの見つからない議題なのですがご迷惑でなければ輪に混ぜてもらえませんか?
Commented by brunneus at 2012-11-23 00:57
蝶鳥蜻蛉さん
お久しぶりです!コメントありがとうございます。
もちろん参加いただくのは大歓迎です!僕も沢山の人の考えを聞きたいと思っています。宜しくお願い致します!
Commented by 蝶鳥蜻蛉 at 2012-11-24 16:38 x
少し私の考えを述べさしてもらいます。トンボを採るも撮るも本能的な行為だと私は考えます。二つの行為は多かれ少なかれ、また形は違えどトンボとそれを取り巻く環境に影響を与えます。前者はその個体の命を奪い、後者はその人数、回数、時間が増すほどに環境にインパクトを与えます。文面を拝見する限りお二人はルールやマナーを守るとても紳士的な方達だと思います。しかし世の中はその様な人達ばかりではありません。撮影者vs採集者と云うう構図はそういった現状とインターネット社会とが生み出した軋轢だと私は考えます。同所的に存在した場合、採ると撮るはお互いの行為の結果を妨げるのが原因です。私自身も採る時に経験しました。網をもって傍を通っただけでカメ爺に怒鳴られました。その時の彼のターゲットはチョウトンボで池の周りの一般人も通行する通路に三脚を広げ鳥撮り用の大砲付きの一眼を構えていました。えっ、その時の私のターゲットですか?オオギンヤンマです。彼の横をふらふらと飛んでいましたから。もちろんその3時間後にゲットしましたよ。また自慢してしまいました。
Commented by brunneus at 2012-11-26 00:47
蝶鳥蜻蛉さん
貴重なご意見ありがとうございます!そしてオオギンヤンマゲットおめでとうございます(笑)
採る、撮るを両方やっている蝶鳥蜻蛉さんのご意見は大変参考になります。
「撮る採る戦争」は、確かにフィールドでの立ち振る舞いが現実的な問題としてはありますね。現場の感情を考えると、撮る人からすれば自分が狙っているトンボを網でさらわれてしまうわけですから、いい気持ちはしないでしょう。しかし、どんな気持ちを相手に持つかは個人の自由ですが、頭ごなしにその気持ちを相手にぶつけるのは、僕はいかがなものかと思います。「いま撮っているので、それが終わったらどうぞ」という一言があるだけで、随分違うと思うのですが、、。僕も程度の差はあれ、蝶鳥蜻蛉さんと同じような経験は多々あります。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-11-26 00:49
(続き)
そして改めて僕が思うのは、「採る」「撮る」の是非ではなく、最も警戒すべきは、社会の「無知」だと思います。
この一連の議論はキトンボの採集の是非が発端なわけですが、はたしてこの日本に、キトンボに関心がある人が何人いるでしょうか?8割、9割の人々にとって、キトンボなんていう昆虫は知らないし、自分の人生には関係ないし、滅びようがどうだっていいわけです。そういう人々が発言権を持ち、マジョリティを占める状況の中で、産地を次々にことも無く潰していくのです(これには「整備」という名の環境改変も含まれます。もちろん当の本人たちには悪気はないのですが)。撮る、採るに関係なく、キトンボを始め昆虫に関心を持つ人間がアクションを起こすべき対象は、本当はそういった人々なんじゃないかと思っています。
だからと言って僕がまだ何か具体的にアクションを起こしているわけではなく、模索中なのですが、、。
Commented by 蝶鳥蜻蛉 at 2012-11-26 21:33 x
まさにbrunneusさんの仰る通りだと思います。無知が最大の罪だと思います。しかし現実は殆どの人達が自分を取り巻く環境とそこに住む生きもの達に無関心です。人間と自然を切り離して考え、その価値を認めようともしません。人間は何も無い所から何かを創り上げる事は出来ません。自然の恵みを一方的に受け浪費しているだけです。そこには畏敬の念や感謝すらありません。このままでは先が見えているのに、これから先どうしたら良いのか誰もその答えを知りません。それなのに少なくとも自然の価値を認めている私達が言い争っていて何が一体変わると言うのでしょうか?
Commented by Mくん at 2012-11-27 00:30 x
同感です。アプローチは違っても、トンボが好きな、自然に興味を持つ者同士なのですからねー。
Commented by brunneus at 2012-11-28 00:40
蝶鳥蜻蛉さん
コメントありがとうございます!そうですね。中途半端に間違った知識を持つ人々も意外にやっかいだったりもしますが、、。
「知らない」ということは、その人にとって「この世に存在しない」ことと同じなんですよね。これは怖いことです。撮る人間は写真で、採る人間は標本で、その美しさや面白さを伝えていけたら、と思っています。
Mくんさん
採る人間の中にも様々な人がいますよね。どうしても目先のことに関心が行きがちですが、大きな視点で問題を見つめ直すことも大事だな、と特に最近思います。
Commented by 蝶鳥蜻蛉 at 2012-11-29 00:39 x
勝虫さんまだこちらをお読みになっていますか?色々意見をお聞きしたかったのですが。私はbrunneusさんの知り合いでもなければ擁護するつもりもありません。より多くの人達と意見を交換し合うことで何かを掴みたいと思い参加した次第です。もし必要とあらば私のこれまでの経緯もお話しいたします。
Commented by 勝虫 at 2012-12-01 16:17 x
ご無沙汰しております。
私としてはこれ以上は議論が並行線になると思ったのでもうコメントを控えていたのですが、久しぶりに覗いてみたならば議論が振り出しに戻っている上、その内容さえちゃんと理解してもらえていないように感じられたので、今回は私が伝えたかったことについて改めてコメントさせていただきます。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-12-01 16:22 x
「キトンボを始め昆虫に関心を持つ人間がアクションを起こすべき対象は、本当はそういった人々なんじゃないかと思っています」
これはこの上ない正論でしょう。ただ、今さら敢えて言うようなことでもないように思います。少しでも自然に関心を持つ人ならばその生息地となる環境が破壊されるのが一番マズイなんてことは容易に理解できることです。ただ、そうした行為に歯止めをかけるのも、また広く関心を持ってもらうようにするのも容易ではないということも分かっていることだと思います。本当にそうしたことに対して意識が高い人は地域の自然環境を守るため、その価値を周囲に訴え、またお金を広く募り保護したい地域をトラスト地などとして取得し、定期的に休みの日には地域の方を対象として広く観察会を行う。こうした行動によりようやく周辺の意識が変わるものだと思います。
<続きます>

Commented by 勝虫 at 2012-12-01 16:25 x
ただ、殆どの人がこうした活動までには到底手が及ばず、burunneusさんのおっしゃるように写真などでその魅力を伝えようとするのだと思います(私自身もそうです)。そしていくら自然に関心があるもの同士だとしても結局は知識の程度の違い(例えば外来種の問題や地域個体群の重要性)があり衝突する。自然の価値を知っていると思っているからこそ、せめてそういう人達には理解して欲しい事がある。だから自然に興味を持つ者同士でも議論することは私はとても必要なことだと思います。
<続きます>
Commented by 勝虫 at 2012-12-01 16:51 x
そしていまだに「採る・撮る」について書かれている方もいますが、私が伝えたかったのはそういう事ではありません(そもそも私は採集行為自体は反対していませんし、前述したようにかつては採集する側の人間でした)。私がそもそも伝えたかったのは絶滅リスクに対する意識です。burunneusさんはミヤジマトンボやオガサワラトンボに対してはあっさり採集圧があると認められているのに対し、今シーズンの埼玉のキトンボの状況はそれらとは「全く違う」とされた。そしてその根拠とする供給地の有無について確認したならば、有名ポイントに対しては「そう遠くない池」しか現在は知らないけども、たかが十数年のシーズン中での知見を元に発信する情報は机上の空論に過ぎないと前置きをした上で「そう遠くない池以外にも産地があるかもしれない」と机上の空論を述べられた。そして机上の空論の割には「必ず個体数は回復します」(コメントをそのまま引用します)などと断言されている(これも机上の空論だと言われたらおしましですが)。採集圧で絶滅した個体群の前例(机上の空論でない事実)があるにも関わらず、です。
<続きます>

Commented by 勝虫 at 2012-12-01 17:05 x
ミヤジマトンボの状況にしても別に日本全体を隈なく探したわけではないから机上の空論をすれば他にもいるかもしれない(中国には亜種がいるみたいですし)。ただ、そうだとしても現在知り得る情報をもとに生物の保護施策は展開していかなければなりません。それでいくと埼玉のキトンボにしても机上の空論をするのでは無く(そもそも私は机上の空論をしても仕方が無いので、現在知り得ることのみ述べて欲しいと前置きをしましたが)、十数年の知見(また長年トンボを見ている人にも聞きましたがやはりあの箇所しか知らないとの事です)があるのならばその知見を元に判断するのが適切だと思います。ただ、こう書いたとしても結局感情論など、挙句の果てには「そもそも理由なんて必要ない」などで終わりです。だからこちらも質問に答えた後は、結局は並行線なのでコメントしませんでした。ただ、冒頭にも書いたように議論が振り出しに戻っている上、その内容さえちゃんと理解してもらえてなかったので、それを再度伝えたくてコメントしました。そしてここへはもう二度とコメントはいたしません。
ご丁寧に回答いただいたことに対しては深く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

Commented by 蝶鳥蜻蛉 at 2012-12-01 18:31 x
お二人にご質問です。くだんの産地とやらは何らかの保全活動が行われている場所なのでしょうか?採る、撮る以外に具体的な活動をされていますか?お二人は立場や経験は違えど似たようなタイプの方だと私は思います。お互いに相手を少しでも理解しようとされましたか?自分の持論「客観的に見ればどちらも机上の空論、そこが所詮人間」をぶつけ合っているだけ。結局何も生まれないし変わらない。残るのはむなしさと怒りにも似た感情。埼玉を環境保護先進県と思い期待が大きかっただけに非常にこの結末は残念に思います。
Commented by brunneus at 2012-12-02 01:48
勝虫さん 蝶鳥蜻蛉さん
コメントありがとうございます。
議論というのは難しいですね、、。
まあ、僕が思いつきで議論をかきまわしちゃった部分もあるのですが、整理してみると、勝虫さんが言いたかったのは、採集の是非ではなく、「個体数が減っている産地における採集行為の可否」ということでしょうか。それに対しての僕なりの意見を述べたつもりですが、(勝虫さんのおっしゃる机上の空論ではない、自分の経験に基づいた知見も示しました)結局、ここではキトンボに関する状況を判断するには情報が少なすぎて、お互い行き詰まるだろうと思ったのです。(お互いの信念主張をぶつけるだけに終わってしまう)そこで目先を変えて、僕は勝虫さんのパーソナリティーに着目することで、勝虫さんの言葉がもっとよく理解できるのではないかと思ったのす。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-12-02 02:08
(続き)
そこで見えてきたのは、勝虫さんと僕とのトンボに対する興味の対象の違いでした。ここまでは良かったのですが、僕が議論を展開する方法を模索しているうちに、最後は論点がぼやけてしまったのは、反省点です。しかし、立場が違う人間同士は、単なるデータの集積や重箱の隅の突き合いでなく、もっと根っこの部分をオープンにしていけば、接点が見つかるのではないか、という勘のような物が僕にはあるのです。でないと世界は住み分けが全てになってしまいますから。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-12-02 03:32
(続き)
前置きが長くなってしまいました。
蝶鳥蜻蛉さんのご質問ですが、キトンボの産地は、僕の知る限りでは、少なくとも自治体レベルでは特に保全活動はされていないようです。個人レベルではわかりませんが、、。
さらに「撮る以外に具体的な活動をされていますか?」というご質問に関してですが、いくつかの環境保全運動に署名したりはしていますが、具体的に保全活動をしているわけではありません。関連しているものとしては、本業は絵を描くことしているので、昆虫をテーマにした作品を創っています。機会があればあちこちで発表しています。トンボをはじめ、昆虫の姿形の美しさや興味深い生態を、全く昆虫に興味を持たない人々に対してコミュニケーションをしていく、ということをコンセプトとしています。これらの創作の原点は、「人々の無知」に対するフラストレーションと危機感から来るものです。しかしこのブログは、純粋に採集のつぶやきブログにしたかったので、作品や活動に関することはあえて殆ど載せていません。
(続く)
Commented by brunneus at 2012-12-02 03:32
(続き)

この議論は、「採る、撮る」ことにおける関東地方南部、という人口過密地域の特殊性もあると思います。本当は狭苦しいコメント欄ではなく、この議論専用の掲示板を立ち上げたいくらいです、、。
Commented by 蝶鳥蜻蛉 at 2012-12-03 01:29 x
勝虫さんの仰る事は辻褄もあい至極正論だとは思いますが、相手に何かを伝えたい分かってもらいたい時にそれを上段から振りかざす様な物言いは返って逆効果だと私は思います。ブログ内でbrunneusさんが度々主張される文面を見て私が思うに採取地やブログで幾度となく攻撃されて過敏になられているのではないでしょうか?私はbrunneusさんは面と向かって話をすればお互いに理解し会おうとされる方だと思います。そしてbrunneusさんもご自身で書いていて矛盾には気付かれていると思います。でもそこを会った事のない人に責められれば防衛するのは至極当然だと思います。私がbrunneusさんのブログに感心を寄せるのは私の知っている今までの一般の方へのアプローチの仕方が斬新だからです。お互いに無い物を持っているのですからそれを認め合い尊重する事で何かが成せるのではないでしょうか?
Commented by brunneus at 2012-12-03 13:28
蝶鳥蜻蛉さん
コメントありがとうございます。
勝虫さんがもうコメントしない、と仰っているので書きますが、勝虫さんは、ハナから「議論」するつもりはないんじゃないかな、というのは感じていました。僕がキトンボを採ったことへの批判をしたかっただけなんだと思います。ただ、僕は僕なりの思いがありますし、もっと発展的な方向へ話を持って行きたかったのですが、、。僕は「埼玉のキトンボが長年の採集圧にもかかわらず存続する理由」を知りたかったし(僕の中では代換産地が答えですが)、最終的には「じゃあ埼玉のキトンボをどうしよう?」という議論をしたかったのです。しかし、結果はどうであれ、僕の中では「採集」ということに対して、この一連のやりとりの中で、今までになく深く考えましたし、これからも考えていこうと思うようになったことは収穫でした。


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