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2013年 11月 23日

クロベンケイの思い出

先日採集したクロベンケイガニの標本が完成。
特に解体はしていないが、元々が地味な色彩のカニのために、標本にしても生時とくらべあまり変色
しないので出来映えは良く見える。

クロベンケイガニ雄:甲幅30mm
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クロベンケイガニは東北以南の河口に棲む半陸生のカニで、南西諸島などにも分布する、どちらかとい
うと南方系のカニだ。海辺の塩気のあるエリアよりも、河川沿いの淡水の影響を強く受ける環境に多い。
関東地方でも、河口付近の土手やアシ原、木立の中の土が露出した地面などで見ることができる。
色鮮やかでスター性のある同属のアカテガニに比べると、やや地味で陰気な印象のあるカニだが、よく
見ると野武士のような毛深く逞しい脚、筋肉(ではないが)隆々にも見える甲背など、渋くて格好いい
要素を多分に備えている。

このカニとの出会いは子供の頃。
家族で竹芝の浜離宮庭園に行ったのだが、園内を散策中に池の岸に大きな黒っぽいカニが群れていて驚
いた。自然が貧相な地域で育った身としては、カニなどスーパー以外では見たこともなかったので、夢
中で大きな黒いカニを追い回した記憶がある。
今思うとこの庭園の池は水門を通じて隅田川、東京湾と通じていて、巣穴を掘るのに適した軟らかい土
も随所にあったので、クロベンケイガニの棲息には適していたのだろう。
その日の帰り道でも、庭園の外周を囲む堀の岸辺にも夥しいカニが群れていて、後ろ髪引かれる思いで
庭園を後にした思い出がある。

クロベンケイガニは関東では河口の最普通種に入る種ではあるが、幼少時の記憶もあり、個人的には愛
着のあるカニなのだ。

浜離宮庭園のクロベンケイガニは、まだ健在だろうか。
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by brunneus | 2013-11-23 00:57 | つぶやき | Comments(0)
2013年 11月 07日

外れ日

早起きするのが面倒くさくてキトンボの産地に行くのを先延ばしにしていたら、11月になってしま
った。セットで狙っていたカトリヤンマも、11月に入ってしまうと厳しいだろう。カトリは諦めた。

好天がしばらく続いた日の早朝。眠い眼を擦りながら、身を切るような寒さの中、駅へと向かう。
ポイントには10時半に到着。天気は快晴だが、まだ気温が低いからか、岸辺にトンボの姿は見当た
らない。しかしあたりを歩くと足元からオレンジ色の塊が飛び出した。キトンボの雄だ。
その後も少し離れた場所に雄の姿を見つけ、活性が上がってきたかと思われたが、正午を過ぎても一
向に追加の個体が現れない。とうに産卵の時間帯に入っているはずだが、連結態どころか、雄も見当
たらない状況が続く。

あたりは渡ってきたばかりのジョウビタキの声と、草むらからウスイロササキリの嗄れた鳴き声が寂
しく響く。

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ウスイロササキリの老熟して白茶けた体色を見ると、虫のシーズンがもうすぐ終わりを迎えているこ
とを嫌でも実感してしまう。

午後1時過ぎ。早くも太陽は西に傾き始めた。もうこれ以上待っても変化は無いと見て、撤退。
天候の条件は良いはずだが、他のアカネ類の産卵行動も殆ど見られなかったことからすると、この日
は外れ日だったのだろう。人間には同じような天気に見えても、トンボは何かを敏感に感じているよ
うだ。

帰りの立川駅ビルの壁面に、何故かアケビコノハが止まっていた。
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キトンボ雄:体長40mm
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雌が採れなかったので悔しさは残るが、次に行けるチャンスがあるかどうかは分からない。自宅から
2時間半もかかるポイントは、とにかく遠すぎるのだ。

もしかしたら、このままシーズンを終えることになるかもしれない。
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by brunneus | 2013-11-07 03:00 | 埼玉 | Comments(2)
2013年 11月 03日

フェイク?

未採集のヤンマ3種と、おまけで、採集はしているがまともな写真が無いオキナワサラサヤンマと、
正式な種として登録されていないスジボソギンヤンマを画像加工で作ってみた。

左:オキナワサラサヤンマ雄雌 右:サキシマヤンマ雄雌
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左:イシガキヤンマ雄雌 右:イイジマルリボシヤンマ雄雌
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スジボソギンヤンマ雄雌
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これで形の上では国内産ヤンマの画像が全て揃ったことになる。
デジタル加工は、プロセスとしては「作り物、フェイク」なのだが、出来上がったものがその種の
説明(illustrate)になっているとすれば、それはそれで成立してしまうのではないだろうか。
もちろん、翅脈や微小な部分の種差までは今回の画像加工ではフォローしていないので、完全な説
明ではないが、、。
しかし、一昔前の昆虫図鑑は手描きによるイラストだったり(それも相当不正確な)、標本写真を
用いた図鑑でも技術が確立されていないせいで、トンボや直翅類の写真は真っ黒でくしゃくしゃな
状態で、おおよそそれだけでは種の同定はとうてい無理と思われるものも多かった。
それでも「図鑑」として流通していた事実からすれば、かつては図鑑の図像というものは、あくま
で文章を補完する、という程度のものだったのかもしれない。

一方、ブログという形式をどう運用するかは様々だが、たとえば日記的な日々の出来事を綴る形式
である場合、加工画像に「北海道でイジマルリボシヤンマをゲット!」という文章を添えて投稿し
たとすると、これはあまり好ましいことではないだろう。まあ、ブログは自己満足の産物だと言っ
てしまえば、何でもありになってしまうのだが、、。

つまり、同じ画像でも、その扱い方によって、その性格はいかようにも変化するということになる。
これはトンボの加工画像に限らずに、世の中全ての「情報」にも当てはまることだろう。
言い換えると、「情報を発信する側と受け取る側の合意、もしくは了解が成立している」というこ
とが重要なのだ。

たとえ「北海道でイジマルリボシヤンマをゲット!」という投稿をしても、「嘘日記」という合意
が双方になされていれば、これはこれで成立してしまう。受け取る側は、その嘘日記(フィクショ
ン)の世界に身を任せていれば良いのだ。

現在の作品創りの基本的な出発点として、「フィクションかノンフィクションか」もしくは「存在
か非存在か」というテーマを設けている。デジタル技術と情報の関係は、こういう観点から考えて
みると、とても面白い問題を投げかけていると思う。
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by brunneus | 2013-11-03 01:15 | その他 | Comments(2)