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トンボの日々

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2013年 01月 23日

ものがたり・その2

 名護バスターミナルは、相変わらず人の気配がなかった。
あるのはガリガリというディーゼルエンジンの音と、真昼の熱風。静かだ。そもそも、辺
土名へ向かう接続のバスの時間をきちんと調べておくべきだったのだ。周到に下調べをし
ておけば、この殺風景な場所で一時間も時間を潰すことはなかったのだ。
 とりあえず、自動販売機で冷えたサンピン茶を買って飲む。鼻の奥に広がる一年振りの
爽やかな亜熱帯の香り。たまに、目の前を地元の高校生や主婦が通り過ぎる。
 そんな風景を眺めるのにもすぐに飽きて、ターミナルの中の小さな売店へ行ってみる。
涼しげな暗闇に包まれた店内には、沖縄顔をしたオバアが一人。ここでおやつにサーター
アンダギーを買う。空港で見かける華奢なやつではなく、ごつごつとして武骨なやつだ。

 ようやく67番乗り場にバスがやってきた。潮風にさらされて、その外観は余す所なく
色あせている。車内に乗り込むと、また強烈な冷房の歓迎を受けた。
 
 くたびれたバスはのろのろと名護市内を走っているが、やがて左手に陽光を目一杯浴び
た東シナ海が見えてくるころになると突如として元気を復活させ、猛スピードで海沿いの
国道58号線を突っ走る。
 はるか前方に見えていた辺戸岬が少しずつ大きくなってきたと思うと、あっという間に
今日の第一目的地に到着。あわてて降車ブザーを鳴らす。
 
 荷物を担いで降り立つと、容赦のない午後の日差しをまともに受けた。「暑い」という
生易しいものではない。熱せられた巨大の空気の塊が、頭の上から押し付けられているよ
うな圧力を感じる。亜熱帯では、光が物理的な圧力を持っているのだ。
 たまらずフクギの陰に身を寄せ、ごそごそとバッグの中から採集用の道具を取り出す。
東京から肩に担いできた6メートルの繰り出し式竿がようやく活躍の時を迎える。先端に
60センチ口径のネットを付け、皮膚の露出部分に念入りに日焼け止めを擦り込んで出発。
これから向かう、直射日光に晒された水田地帯のことを考えただけで目眩がする。捕虫網
を持った、真っ黒な影が地面を歩く。

 肩に食い込む重いバッグに耐えながら小さな家々の間を抜けると、目の前にだだっ広い
水田が広がっていた。遠い斜面からはオオシマゼミの金属的な声が眠たげに響く。
 眩しさに目を細めながらあたりを見回し、動いている物体を探す。いま立っている畦道
のずっと先を、さっと横切る黒い物が目についた。オオギンヤンマ。久々の再会だ。さっ
そく飛び去ったあたりに見当をつけ、水路沿いの畦道を進む。すると背後からも黒いトン
ボが抜けていった。どうやら水路上が飛行ルートになっているようだ。
 バショウの小さな日陰に荷物を置き、直射日光に耐えながらオオギンヤンマがやってく
るのを待つ。背中から首筋から汗が吹き出すのがわかる。
 やがて水路の海沿いから、黒いトンボが真っ直ぐにこちらへ向けて飛んでくるのが見え
た。竿をしっかりと握り直し、足元を通過する瞬間に振った。カサッという小気味良い音
と共に、ネットの中で暴れる大きなトンボの影。取り出してみると、深みのある緑色を帯
びたたくましい胸部と、すらりと伸びた腹部。内地のオモチャのようなギンヤンマとは全
く異なる重量感に、沖縄に来たことを実感する。今日は調子がいいようだ。
 オオギンヤンマはまだ他にも飛んでいたが、あまりの暑さに意識が朦朧としてきたので、
その先にある川へと逃げる。涼しげな木陰とひんやりとした水を、全身が欲していた。

 そしてその川は、あの真っ黒なトンボの住処でもある。

by brunneus | 2013-01-23 01:17 | つぶやき | Comments(0)


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